「真珠は、砂粒を核に作られます」
これは最近改訂された『うつと・不安の認知療法練習帳』の書き出しの文章です。
この本は、米国の臨床心理士で認知行動療法のパイオニアでもあるクリス・パデスキーがデニス・グリンバーガーと一緒に書いた本で、世界23カ国で100万部以上を売り上げている一般の人向けの認知行動療法の解説書です。
その本によれば、砂粒は真珠貝にとって不愉快でやっかいな邪魔者でしかないそうです。
だからといって、真珠貝には、その砂粒を外に吐き出す手立ても力もありません。
自分のなかに抱えているしかないのです。
そこで真珠貝は、イヤな感じを消すために、その不愉快な邪魔者のまわりをなめらかな物質で包んでいきます。
そうしてできあがるのが、美しく輝く真珠です。
私たちの人生も真珠貝のようなものだと、パデスキーとグリンバーガーは言います。
私たちが生きていくとき、不愉快な出来事を体験したりつらい気持ちになったりすることはいくらでも起きてきます。
誰でも、仕事や人間関係、学業や部活などで、思うようにいかないことを体験します。
そうした苦しい体験が、真珠貝の中に入った砂粒のように「こころの傷」として長く残ることもあるでしょう。
それはつらいことですが、その砂粒とどう向き合うかで、それが不愉快な不純物のままに残ってしまうか、美しく輝く真珠になるか、その結果はまったく違ってきます。
これまで「こころトーク」でも書いてきたように、私もいろいろと挫折を体験しました。
じつは、私のアメリカ留学も挫折体験から始まっています。
私の英語の未熟さも影響したのですが、最初の一年間はまったく周囲から認められず、落ち込む毎日でした。
何度日本に帰ろうと考えたかわかりません。
その一方で、せっかくの留学体験を意味のあるものにしたいともがいて、その中でちょうどアメリカで注目され始めた認知行動療法に出会ったのです。
そして、それを日本に紹介したことで、私自身も評価されることになりました。
あのとき順調に留学生活が進んでいたら、認知行動療法に出会うことはなかったでしょう。
同じように留学したたくさんの専門家の一人にしかなれなかったでしょう。
あのとき、ある意味で失敗したからこそいまの自分があるのだと、あらためて思います。
いまだから言えることですが、思うようにことが進まないという不愉快な砂粒が真珠に変わるかどうかは、時間が経ってはじめてわかるのだと思います。
そして、その不愉快な体験を真珠に変えられるのは自分でしかないと思っています。