まだ私が駆け出しの精神科医だったころの話ですが、先輩医師から、大学病院での夜間当直のときの心構えとして、「救急外来から連絡が入ったらすぐに駆けつけないで、まずタバコを一服吸ってからにしろ」と言われていました。
このようなことをいま書くと、乱暴な話だと思う人が少なくないと思います。
まず、タバコを吸うことが病院で許されていたのかと疑問に思うでしょう。
いまのようにタバコの害が知られるようになってからは私のまわりでタバコを吸う医者はいませんし、病院内も禁煙になっています。
しかし、そのころはタバコの害がいまほど深刻に考えられていませんでしたし、タバコを吸うことで大人になったように錯覚できることもあって、タバコを吸う人が比較的多かったのです。
それはそれとして、救急外来から連絡が入ったのにすぐに駆けつけないというのはどういうことだと思うでしょう。
ただ、そこには大学病院の特殊事情があります。
大学病院では、まず体の救急対応をする医者がいて、その後に精神科医が相談に乗るという流れになっていました。
だからすぐに救急外来に駆けつけなくてもよいのです。
前置きが長くなりましたが、そのうえでもう一度先輩医師の言葉を振り返ってみると、先週書いたマインドフルネスに通じる大切な教えがあることがわかります。
つまり、大変なことが起きたから慌てるなということです。
精神的な不調のために救急外来に運び込まれた人は、当然のことですが、気持ちが動揺しています。
そうした状況に足を踏み入れるときに、話を聞く精神科医まで焦っていたのでは、落ち着いて患者さんの話に耳を傾けることができませんし、一緒に冷静に問題に目を向けることができません。
そうした状態にならないように、まず相談に乗る精神科医が落ち着くようにというのが先輩医師の教えでした。
同じ心構えは、動揺した自分の心を静めるためにも役に立ちます。
まずゆっくりと息をして心を落ち着かせ、そのとき考えていることに目を向けて、混乱した心を整えることができれば、冷静に問題に対処できるようになります。
「こころのスキルアップ・トレーニング」サイトの「かんたんコラム」や「こころが晴れるコラム」は、そのように考えを整えるときに役立てていただくために用意しているものですが、そのポイントについては次回に説明します。
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