先週紹介した講演会とワークショップでは、講師を務めたジュディス・ベック先生が、ひどく落ち込んでいる患者さんと一緒に、ガラスのコップをどのように使えるかを話し合っている様子を取り上げました。
そのなかで、車輪をつけた様子をイメージしながら、壇上でコップを左右に動かしているときのはじけるような笑顔が魅力的でした。
このような笑顔に接すると、落ち込んでいる患者さんの表情も和らいで、気持ちが晴れてくるでしょう。
笑顔は伝染するのです。
そのときジュディス・ベック先生は、「私の孫もきっと喜ぶと思います」と言い添えて患者さんに伝えていました。
このように、医療者が自分の体験を紹介すると、患者さんの理解が進んで気持ちが軽くなる可能性があります。
その話を聞きながら、35年前、私がコーネル大学病院の外来で、恩師のアレン・フランセス先生と一緒にうつ病の患者さんの治療に同席したときのことを思い出していました。
その患者さんは、毎日の変化を見ているが、うつが少しも良くなっていないと主治医にくり返し訴えていました。
主治医は少しずつ良くなっていると説明していましたが、患者さんの気持ちの勢いの強さに圧倒されているように見えました。
このままでは、患者さんは主治医にわかってもらえないと考えて、苦しみが強くなるだけのように思えます。
そこで私は、「少しだけ話して良いですか」と言って、患者さんと主治医の時間の流れが違うことを伝えました。
患者さんが日々の変化に目を向けているのに対して、主治医はもっと長い変化に目を向けています。
私は、自分の子どもを毎日見ていても変化に気づかないが、私の両親が久しぶりに会うと変化に気づくことを例に挙げて、少し長い目で変化を見るように患者さんに伝えました。
その話は患者さんのこころに響いたようで、少し表情がやわらかくなりました。
一緒にいたアレン・フランセス先生も、あとで、良い話ができたねと褒めてくれました。
こうした治療の場面だけでなく、日常の生活の中でも、上手に自分の体験を共有できれば気持ちが通じ合うことは多いと思います。