こころトーク

2024.01.26

第435回 「相手の見方と自己イメージ」

前回、下宿のおばさんのおかげで、いまの自分があると書きました。

下宿していたころのことを思い出すと、じつに自然に私に接してくれていたことに、いまさらながら驚きます。

じつは、私はいろいろな事情で、下宿を何回か変わりました。

しかし、高校時代、最終的にその方の下宿に戻らせてもらうことになり、卒業までお世話になりました。

成績が悪く、ちょっとやんちゃだった私を二度も預かるのは、かなり心配だったのではないかと思います。

それでも、その人は、私のことを「大野兄ちゃん」と呼んで、小学生だった自分の子どもの兄弟のように接してくれました。

それが私のその後の自己イメージにかなり影響していると、いま振り返ってみて、思います。

私たちの自己イメージは、相手の人の見方でずいぶん変わってきます。

ダメな奴だと考えられていると感じると、自分が本当にダメな人間のように思えてきます。

しかし、ごく普通に接されると、不思議なことに、自分が普通の人間だと思えるようになってきます。

ただ、私たちの記憶は、良くない体験の方が強く残る傾向があります。

厳しい現実のなかで生き残るためには、そのように良くない体験をそれ以上しないですむように工夫しないといけないからでしょう。

良くない体験をしそうになったときには、上手にそこから逃げなくてはなりません。

そのために、私たちは一般に、良くない体験の方を覚えていて、それに似た状況になったときには身構えて自分を守るようにしているのです。

それはそれで必要なこころの動きなのですが、その一方で、自分にとって助けになった出来事、それも空気のようにほとんど意識しないまま体験したような出来事も、私たちのこころの成長に大きく影響しています。

そして、それを意識できるかどうかで、自分で意識できる自分の存在価値はずいぶん変わってきます。

これまでの災害のときもそうでしたが、今回の能登半島地震は、私にとって、自分の生きている意味を考えるきっかけにもなっています。

前の記事 次の記事