こころトーク

2016.07.01

第40回 「「自動」と「熟慮」、思考パターンの使い分け」

先週紹介した私の恩師の小此木啓吾(おこのぎ・けいご)先生は、英語で書かれた専門書でも、驚くほどの短期間で読破されていましたが、それは経験に裏打ちされた知識があったからです。

そのために、多くの情報が詰まっている本の中から瞬時に重要な情報を抜き出して、読み進むことができていました。

まさに、「こころの自動操縦パターン」の使い方が上手だったのです。

ただ、こうした自動操縦パターンは、思いがけない間違いにつながることがあるので注意が必要です。

じつは、小此木先生もときに、本の内容を間違って理解されていることがありました。

それまでの経験に引っ張られすぎると、小此木先生のような方でも、瞬間的な判断が間違ってしまうことがあるのです。

自動操縦パターンは、上手に使えばじつに効率的に時間を短縮することができますが、このように間違いが起こりやすいのが難点です。

ただ、小此木先生が素晴らしかったのは、私のような初心者が言うことにも、きちんと耳を傾けてくださったことです。

立ち止まって、何が問題かを話し合っていただきました。

このように、変だというメッセージが発せられたときに立ち止まって現実を検討するこころの働きが、こころの熟慮パターンです。

小此木先生は、専門書を読むときに、自動操縦パターンと熟慮パターンをじつに上手に使っていらっしゃったことがわかります。

「でも、日常生活では、熟慮パターンが使えない場面もあるのではないか」と考えた読者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

たしかにその通りです。

ずいぶん前に、劇場の扉が両開きになっている理由について話を聞いたことがあります。

それは、火災や地震で外に飛び出そうとするとき、私たちは瞬間的に扉を押す習性があるからだそうです。

そのときに、内開きであれば、パニックになって押し続け、結局逃げ出せなくなる可能性が高くなります。

だから、両開きにして、押しても引いても扉が開くようにしているのだといいます。

先週と今週、小此木先生の対応を例に挙げて自動操縦パターンと熟慮パターンの使い分けが大事だと書いてきましたが、しかしそれができない状況もあります。

私たちは万能ではないのですから、両開きの扉の例のように、自分の力で対応しきれない状況への対応も考えておくことも必要です。