こころトーク

2017.03.10

第76回 「体育会空手部での経験」

先日、武道館が出している雑誌『武道』に「武道の可能性」と題して小文を書きました。

日本経済新聞に毎週(現在は月曜日朝刊に)書いているコラムの中で、大学の体育会空手部に所属していたときの仲間との交流を書いたのが目にとまって執筆を依頼されたようです。

空手部でのことに限ったことではありませんが、いまになって過去を振り返ってみると、そのときにはわからなかったことにいろいろ気づきます。

いまでもそうですが、医学部の学生が全学の体育会に参加するのは珍しいことでした。

それも、忙しい医学部の授業の合間を縫って合宿に参加したり、試合に出場したりしていたのですから、周囲からは不思議な目で見られていたと思います。

いくら熱心に稽古をしたところで、プロの空手家になるわけではありません。

しかし、それでも私にとっては何物にも代えがたい経験をたくさんすることができました。

日本経済新聞に書いた仲間との交流はそのひとつですが、今回のこころトークでは、無意識の体の動きについて少し書くことにします。

空手の稽古では、同じ基本動作を繰り返し練習させられます。

“突き”や“蹴り”の基本動作を繰り返すのですが、最後には疲れ切って、何も考えずに体だけが動くようになります。

そのとき、疲れて余分な力を入れることができなくなって、ムダな動きのない自然な動きができるようになります。

そして試合に臨むことになるのですが、そのときには、こうした練習をした自分を信じられるかどうかがポイントになります。

試合前は、いろいろと不安な気持ちになります。

負けるのではないかと心配にもなります。

いまになって考えると、試合に負けたからといって命を取られるわけではないのでそんなに心配することはないはずなのですが、そのときは命を取られるくらいに思いつめていました。

そうすると、力が入りすぎて体の動きが悪くなります。

そうしたときには、むしろ、軽く体を動かすくらいの方がいいのです。

そうしながら、稽古の場面を思い浮かべて、いまの自分の状態に目を向けて体や心をチェックします。

後は自分を信じるしかありません。

“いま、目の前”に起きていることにマインドフルに目を向けて、自然な体の動きに身を任せます。

十分に練習した後は、自分を信じて心と体の動きに身を任せるというのは、認知行動療法そのものです。

空手の稽古の本当の意味が、いまになるとよくわかります。