こころトーク

2017.06.23

第91回 「コラムを使っている? コラムに使われている!?」

今回もまた少し、「こころが晴れるコラム」、「かんたんコラム」などの「思考記録表」について考えてみることにしたいと思います。

私たちは、現実生活のなかで「とっさの判断」を繰り返しながら生活しています。

そうした「とっさの判断」はこころの自動操縦装置のようなもので、それが働くからこそ、私たちはスムーズな生活が送れています。

しかし、私たち人間は、機械ではありません。

ですから、その自動操縦装置がいつも正確に働くとは限りません。

自動操縦装置は、そのときどきの状況に影響されますし、自分の心身の状態にも左右されます。

そうしたときに、ちょっと立ち止まって、心の中に流れている考えに目を向けて手動装置に切り替える手段として「思考記録表(コラム)」や「こころ日記」があります。

このように自分を振り返る認知行動療法の方法について、「『分身の術』みたいなものですね」といった患者さんがいます。

なるほどと思いました。

ただ、「思考記録表」のように形式化すると、つい私たちはきちんと書かないといけないと考えてしまいがちです。

受験勉強のなごりでしょうか。

「考えと気持ちを区別しましょう」と言われると、きちんと区別できているかどうかを意識しすぎるようになります。

「自動思考(とっさの考え)は言い切りにした方が良い」と言われると、言い切りに出来ているかどうかが気になります。

「根拠や反証の欄には事実を書くようにする」と言われると、書き込んだ内容が事実かどうか確認したくなります。

たしかにこうした注意は大切なのですが、こうしたことにあまりとらわれすぎると、いつの間にか正解を書き込むことが目的のように思えてきます。

自分のためにコラムを使っているはずなのに、逆に自分がコラムに使われてしまうことになってしまうのです。

そうならないためには、大阪風に言うと、ボケとツッコミの関係を作ると考えてみると良いかもしれません。

「ご当地思考記録表」を提案した大阪の人は、自動思考に対して「アホなこと考えてんやな」と突っ込みを入れると、問題が相対的に小さくなると言っていました。

「悲しんでいる私」ではなく「悲しんでいても面白い私」に変わっていくと言うのです。

このように柔軟な発想こそが、こころの手動装置に切り替えて自分の力を再確認する思考記録表の使い方です。

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