認知行動療法などの精神療法(心理療法)では、何よりも「修正感情体験」つまり「マジック・モーメント(魔法の瞬間)」が大切だというアレン・フランセス先生の話を前回紹介しました。
その話を聞きながら、やはり私の恩師のアーロン・ベック先生のことを思い出していました。
ベック先生もまた、一緒にいるとホッと気持ちが温かくなる人でした。
ベック先生が面接のロールプレイをしているビデオがあります。
患者役の人は40代半ばの男性で、離婚した後に落ち込んで家に閉じこもりがちになっているという設定です。
彼は、緊張した面持ちでベック先生の前に座りながら、誰一人として自分のことをわかってくれる人はいないとグチをこぼしています。
自分には友だちと呼べる人など誰もいないと言い切っています。
ベック先生は彼の話に耳を傾けながら話を進めていくのですが、そのたたずまいといい、話し方といい、とても穏やかです。
緊張していた男性の表情が少しずつ和らいできます。
その様子を見ながら、ベック先生は静かに、その男性がどのような人と付きあいがあるのか、具体的に話を進めていきます。
そうすると、意外といろいろな人と交流があることがわかってきます。
何人かの友人の名前が出たところで、その男性が苦笑いしながら、親しい人が意外とまわりにいると口にします。
少し前に出かける用事があって、あまり気が進まなかったが、シャワーを浴びているうちに気持ちが晴れてきたという話も出ます。
その話を聞きながらベック先生は、友人に電話をして、シャワーを浴びて出かけてみてはどうかと提案します。
その話のなかで、男性は、自分が手を突き出して他の人が近寄れないようにしていたことに気づきます。
それだと、他の人に自分の気持ちをわかってもらうことはできません。
そうしたときには、自分の方が変わることで少しわかってもらえる可能性があります。
決めつけに縛られないで、現実を丁寧に見ていくことで、自分が期待する現実に近づく手立てが見えてくることを伝える、素晴らしい展開のビデオでした。