こころトーク

2020.09.04

第258回 「立ち止まって考える大切さ。その怒りは何のため?」

公的機関に勤める知人から、新型コロナウイルス感染症のクラスターが発生した病院で対応に当たったときの状況を報告した論文が送られてきました。

およそ1ヶ月半にわたる対応が書かれた論文を読んでいると、役職者の時間外勤務が100時間を超えるなど、クラスターが発生したときの業務の大変さが伝わってきます。

その業務内容は、感染が確認された職員の業務内容の確認や濃厚接触者の有無の検査に始まり、クラスター発生前からの病院の患者や職員のリストの作成やPCR検査、職員の家族に関する調査やこころのケアなど、じつに多岐にわたっています。

これだけでも大変だと思うのに、そのさなか、1日に千件を超える苦情の電話がかかってきて、業務に支障をきたすだけでなく、対応に当たった職員が体調を崩すことにもなったそうです。

幸いなことに、病院が記者会見を開いて対応状況を説明したことで苦情の電話が激減したとのことですが、おそらく電話をかけてきた人はいわゆる義憤に駆られたのでしょう。

それは、いわゆる自粛警察と同じ心理で、安心して生活できるはずの自分たちの世界に新型コロナウイルスを持ち込んで、その安全な空間を壊したことに対する怒りなのだろうと、思います。

しかし、いくら病院に怒りをぶつけたところで、新型コロナウイルス感染症のクラスターが発生したという事実が変わるわけではありません。

そもそも新型コロナウイルスは感染力が極めて強いので、いくら予防しても感染する人が出てくるのはやむをえないことです。

しかも、病院は、クラスターに対して手をこまねいているわけではなく、むしろ積極的な対応をしています。

その事情に思いを巡らすことなく攻撃すると、対応自体が遅れてしまい、かえって感染が広がることになりかねません。

感情にまかせた行動は、状況をさらに悪化させる可能性さえあります。

そうした状況になるのを避けるためには、怒りを感じたときに、ひと息入れて現実に目を向けるようにします。

つまり、怒りを感じた相手の気持ちや状況に目を向け、どのようになってほしいと考えているのか、自分の考えに目を向けます。

そのうえで、自分が期待している形に現実が変わっていくようにするのはどうすれば良いかを考えるようにします。

ここでも、怒りのマネジメントの基本原則が同じように当てはまるのです。

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