こころトーク

2020.12.25

第274回 「没後50年・三島由紀夫の思い出」

櫻井秀勲さんから著書『三島由紀夫は何を遺したか』(きずな出版)を贈っていただきました。

櫻井さんは松本清張や川端康成など多くの文豪と交流があった伝説の編集者ですが、最初に会ったとき、三島由紀夫は文学の話はしないで、女性について話すように言ったそうです。

じつは、櫻井さんは『女性自身』の編集長を長く務め、147万部という最高部数を達成したことでも知られています。

こうした背景があったので三島は先に挙げたような提案をしたのだと思いますが、それだけに、贈っていただいた本はこれまでの文学評論では語られなかった視点で三島由紀夫という人間の生き様と苦悩が書かれていて面白く読める内容になっていました。

三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で隊員に決起を呼びかけて自決したのは、私が20歳のとき、1970年11月25日のことでした。

その秋から、私は東京で2年目の大学浪人生活を始めていたのですが、そうしたときに三島が自決したというニュースが飛び込んできました。

私は、ひどく衝撃を受け、新宿駅のゴミ箱から次々と新聞を引っ張り出して読んだのを覚えています。

新聞を買う金銭的な余裕がなかったこともあって、人目を気にせずそのような行動をとったことだけは覚えています。

そのころは学生運動が激しい時期で、多くの若者たちが政治に関心を持っていました。

私もそうした若者の一人でしたが、その一方で、大学受験に失敗して将来を見通すことがまったくできず、重い気持ちの日々を送っていました。

将来どのようにして生きていくのか、先が見えないまま毎日を送っていた私にとって、自分の思想のために命を投げ出すことができた三島の潔さに強い衝撃を受けたように思います。

しかし、いまの私は、いくら潔く見えたとしても、自らの手で自らの命を絶つことに同意することはできません。

私はその後、いろいろと苦労をしながら今まで生きてきました。

そのなかで、いろいろな人に出会い、喜びや悲しみを感じ、それがかけがえのない体験になって私の心の中に残っています。

それができたのは、何があっても地道に生き続けてきたからだと思います。

今年は新型コロナウイルス感染症の拡大で振り回されましたが、来年はまた来年と考えて、地道に生き続けていきたいと考えています。