こころトーク

2021.01.29

第279回 「“できる”体験から生まれるプラスの効果」

先日、東京の私立中高の経営者の方々の集まりで話をする機会がありました。

皆さん、新型コロナウイルス感染症対策に取り組んでいて、その一環として生徒や教職員の心のケアを考えたいということで声をかけていただいたものです。

感染対策に配慮した会場では、参加者の方々が熱心にメモを取りながら話に耳を傾けてくださり、その様子から皆さんの思いが伝わってくる思いがしました。

以前にも書きましたが、私が中高生のころは、成績が悪かったこともあって、学校の教員達とは距離を取りがちでした。

今回、その頃の話もして、高校1年生の時に成績不良で落第したことにも触れました。

その頃のことを思い出しながら話していて、落第という体験は必ずしも悪いものではなかったかもしれないと思いました。

みんなが進級するなかで一人だけ同じ学年に居残りさせられるのは、決して心地良いものではありません。

そのことはたしかにつらかったのですが、その一方で、良い体験もできました。

ある意味で失敗者、敗北者の私を受け入れてくれる同級生がいました。

その後の私の頑張りを両親も見守ってくれました。

同じ学年の勉強を2度することができたことのメリットもありました。

高校1年生の授業の内容は、新しい同級生にとってははじめて勉強するものです。

一方私は、出来が悪かったとはいえ、前の年に勉強したことをもう一度勉強し直すことになります。

そうすると、前の年以上に理解できることが出てきます。

この理解“できる”という体験は、私にとってとても励みになりました。

ほんの些細な出来事でも、“できない”自分が“できる”という体験をすると、こころは前向きになってきます。

“できる”と思えると、「もう少し頑張ってみよう」という意欲がわいてきます。

教師のなかには、私の“できる”体験を支えてくれる人もいました。

ある英語の教師からは、英文解釈では「主語・述語・目的語・補語」の五文型を理解すれば理解しやすくなるということを教えられました。

そして、その五文型だけを解説した薄い小冊子を手渡してくれました。

薄くてすぐ目を通すことができたことも私にとっての小さい“できる”体験になりました。

こうした “できる”体験を積み重ねることで、自分が変わっていきました。

こうした体験を講演で話しながら、小さい“できる”体験の重さをあらためて実感しました。

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