ベック先生が亡くなる2日前まで取り組んでいた著作『リカバリーを目指す認知療法』についての話を続けます。
このアプローチのキーワードは、アスピレーション、チャレンジ、コネクションの3つです。
アスピレーションは、すでに何度か紹介してきたように、こころの中に抱いている夢や希望という意味です。
それも、大きな夢ではなく少しだけこころが明るくなるような、ささやかな夢です。
カタカナだとイメージがわきにくいなと考えていたときに、ジェローム・シュシャンさんというゴディバ ジャパン社長の講演を聴く機会がありました。
そのなかで、ゴディバ ジャパンの「アスピレーション&アクセシブル」というキャッチフレーズを紹介されていました。
シュシャンさんは30年以上弓道を続けていらっしゃる方で、日本語も堪能です。
そのシュシャンさんは、「アスピレーション&アクセシブル」を日本語で、「あこがれ、でも身近」と表現されていて、なるほどと思いました。
ゴディバのチョコレートは高価ですが、手が届かないほどではありません。
自分へのごほうびとして、奮発して買うこともできます。
人からもらうと嬉しい気持ちになります。
私は、『リカバリーを目指す認知療法』のアスピレーションもまた、このように手の届く範囲にある喜びを感じられる思いを意味していると考えています。
ベック先生たちの本の中には、精神疾患のために長期に入院している患者さんが高齢者の施設に行って自分で作ったプレゼントを渡す例や、入院病棟で好きな音楽を聴いたり、他の人とその体験を共有したりする例などが挙げられています。
アスピレーションが、原語ではaspirationsと複数形で書かれている点も見逃せません。
一人ひとつではなく、一人でいくつも体験することが大切なのです。
精神的な不調を抱えている人が一時的に入院して体調を整え、復職できるように手助けする病棟を日本で最初に作った不知火病院の看護師の言葉を思い出します。
その人は、入院した人が病棟で、小さな喜びを「シャワーのように浴びる」ことができるように心がけているというのです。
そうした体験を通して私たちのこころが元気になることがスタッフたちに共有されているのが素晴らしいと思いました。