今年の日本認知療法・認知行動療法学会は、認知行動療法の創始者のベック先生が百歳で亡くなって1年経ったこともあって、ベック先生を追悼するプログラムから始まりました。
私も発言者の1人として参加して、ベック先生と最初に会ったときの体験を中心に思い出を話しました。
ベック先生は、とても自由な発想ができる人でした。
精神分析に関心を持って研究しながら、それまでの理論とまったく異なる研究結果が出たときには、その結果をきちんと受け入れました。
そして、自分の研究や診療場面を大事にしながら、認知行動療法というさらに進化したアプローチを開発していきました。
少し詳しく説明しましょう。
50年以上前になりますが、ベック先生が研究を始めたころ、うつ病は、自分を攻撃しようとする人間の本能的なこころの動きから生まれていると考えられていました。
ところが、ベック先生の研究結果は、それまでの仮説とは違って、うつ病の人は、良くない部分ばかりに目を向けて絶望的になっているというものでした。
その結果を基に、自分自身に対して、人間関係に対して、そして将来に対して絶望的になっているこころの状態を変化させるアプローチとして、認知行動療法を発表したのです。
しかし、ベック先生の新しい考え方は、当時の精神医学に、まったく受け入れられませんでした。
それまでの伝統的な考え方を否定するものだったからです。
ですから、学会でベック先生が発表すると、聴衆の専門家は耳を傾けようとせず、席を立って出ていったと言われています。
それでも、ベック先生はくじけませんでした。
先生は、自由な発想ができるだけでなく、間違ったことには挑戦する、反骨精神の強い人でもあったからです。
それは、自分の理論を守ろうとしたからではありません。
精神的に苦痛を感じて苦しんでいる人たちのために、認知行動療法が役に立つと信じていたからです。
そして、役に立てたいと考えていたからです。
私たちは、自分のことよりも、大切に思う人のためだと考えたときの方が力を発揮できるということが、ベック先生の人生からもわかります。