NHKが朝に放映している連続テレビ小説は精神科医の私にとって興味深い内容のものが多く、現在放映中の「らんまん」も毎回楽しく観ています。
「らんまん」は植物学者の牧野富太郎博士の生涯をモデルとしたオリジナルストーリーですが、現在の精神疾患の分類が植物学を参考にして作られたことを知っている人は少ないかもしれません。
テレビでも詳しく描かれているように、植物学は、それぞれの植物を細かく観察することで発展してきました。
葉の形や棘(とげ)の有無、花がつくかどうかや花の形など、一つひとつの植物を丁寧に観察して分類していったのです。
そのうえで、植物の遺伝子を調べて、さらに正確な分類を作り上げることで、現在の植物学ができあがってきました。
じつは、1970年代、精神医学でも、植物学と同じ手法を使って精神疾患を分類できないかと考えられるようになりました。
精神疾患の脳神経の働きや、遺伝子を研究する生物学的精神医学が盛んになってきた時代です。
植物学と同じように、丁寧に精神症状を分類して、その背景にある脳神経の働きや、それに影響する遺伝子を解明することができれば、精神疾患を的確に診断して治療できるようになるのではないかと考えたのです。
1980年、そのように考えたアメリカ精神医学会は、DSM-IIIと呼ばれる「精神疾患の診断と分類、第III版」を作って出版しました。
細かく症状を分類したDSM-IIIは画期的で、その後、精神疾患に関係する脳神経や遺伝子の研究が盛んに行われました。
ところが、その期待に反して、40年以上経った今でも、精神疾患の脳機能の解明は十分には進んでいません。
ほかの体の病気のように、血液や脳波などを使って診断できる精神疾患はまだひとつもありません。
植物のように外見だけで分類することはできないことがわかったのです。
考えてみれば、人間のこころの動きは、単に脳の働きだけで決まるものではありません。
人と人との交流など、環境にも大きく影響されます。
生まれつき決まっているものもあれば、生まれてから変わるものもあります。
こうした人間のこころの複雑さを感じながら、私は「らんまん」を楽しんでいます。