子どもが思春期のときに精神的な不調のために精神科を受診した経験のある知人と会ったとき、そのころに『マンガでわかる! うつの人が見ている世界』(文響社)が出版されていれば良かったのにと言われました。
『うつの人が見ている世界』は、精神疾患を持つ人やその家族が中心になって活動しているNPO法人地域精神保健福祉機構(コンボ)と一緒に作った本です。
うつの人は、それぞれ様々な体験をして苦しんでいて、見ている世界もそのときどきで違います。
そうしたこころのなかの体験は、まわりから見ることができません。
しかも、悩んでいる本人は、その体験を言葉で説明するだけのエネルギーもありません。
そのために、誰にもわかってもらえないという思いだけが残って、ますますつらさが募ります。
まわりにいる人たちは、心配な気持ちでいっぱいになりながら、大切な人のつらさを理解できないことに苦しみます。
そうしたときに、うつの人が見ている世界をまわりの人が理解して手助けするヒントになる本を作りたいと、出版社から相談がありました。
精神科医であればその世界がわかるのではないかと期待しての相談でしたが、医療の専門家の私にも簡単にはわかりません。
そこで、悩みの専門家のコンボの人たちに協力してもらうことにしました。
私も理事をしているコンボは、『こころの元気+』という月刊誌を発刊しています。
その雑誌には、コンボライターと呼ばれる人たちが自分たちの体験を、毎号のテーマに合わせて書いて苦しみや楽しみ、工夫を共有しています。
そのコンボライターの人たちに自分たちの体験を書いてもらって、マンガをつけることにしたのです。
そこに私が簡単なコメントをつけました。
コンボライターの人たちの文章は、実体験に基づいているだけあって、感覚的に苦しみが伝わってきます。
なるほどと納得できる工夫もたくさんあります。
私の知人は、今も音と光に敏感な娘に寄り添えるようになってきたと言っていました。
コンボの人たちは、この秋に、精神疾患を持つ人だけが書いた精神医療の本を出版するそうです。
精神医療の現場で、それぞれの人がそれぞれの立場で自分の体験や考えを発信できるようになってきているのを感じます。