アーロン・ベック先生たちの著作『リカバリーを目指す認知療法』の監訳がほぼ終わって、ホッとしています。
これは、ベック先生が亡くなる二日前まで取り組んでいた、重篤な精神症状のために長期に入院している人たちのために役立てようと開発された認知行動療法について解説した書籍です。
そのように書くと、精神的な不調を体験していなかったり、体験していても入院を続けるほどではなかったりする人は、自分とは関係ないと考えるかもしれません。
しかし、その本に書かれているアプローチは、誰にとっても大切なこころの持ち方が多く含まれています。
ですから、監訳をすることで、私もずいぶん多くのことを学ぶことができました。
この本で紹介されているアプローチの基本は、あきらめないということです。
3、4年前になるでしょうか。
ベック先生と会ったときにこの本のことが話題になりました。
そのとき、ベック先生は、精神疾患のために20年、30年と入院している人のために書いた本だと説明しながら、しかし、まず病棟のスタッフに認知行動療法的なアプローチをする必要があるとおっしゃっていたのが印象的でした。
いくら熱意のあるスタッフでも、それだけ長く入院している患者さんと一緒にいると、次第に「どうしようもない」とあきらめるようになります。
そうすると患者さんも、「どうせ何をしてもダメだ」と考えて、あきらめるようになってきます。
「あきらめ」がまるでウイルスのように病棟の中で伝染して、誰も何もしようとしなくなるのです。
何もしなければ、変化の起こりようがありません。
そうすると、「やはりダメだった」と考えてますますやる気がなくなります。
このように「どうせダメだ」「やはりダメだ」と考えて動けなくさせるこころの状態を、私は「どうせ・やはり」の魔術と呼んでいます。
自分が何もしないために変化が起きていないだけなのに、変わる可能性がないと決めつけて自分のこころのエネルギーを奪ってしまうこころの動きです。
このようなときには、ちょっと自分から距離を置いて、もう一度自分が置かれている状況を見つめ直し、できることから少しずつ取りかかるようにします。